Organic 100人の生き方

第4回 | 蛯江 みほ

めぐり続ける今を愛しむ暮らしで、
すべてが心地よく調和する未来を紡いでいく。

満月の夜、やわらかく降り注ぐ月光、傍でまたたく星の光。植物たちは自ら発光しているかのようにふんわりと、しかし凛として、それぞれの姿を浮かび上がらせるという。月光草園の植物たちは、犬山の地で、太陽の恵みはもちろん、月と星の恵みもたっぷりとその身に受けて育ち、蛯江みほの手によって、必要とする人々のもとへ届けられる。犬山農芸3期生で、修了後に犬山に月光草園を拓き、現在は園主と兼ねて犬山農芸の講師も務める蛯江。月光草園ではハーブや野草をはじめ、野菜や果樹、棉、藍などを育て、旬のものをタイミングよく収穫してオリジナルのハーブティ、アロマミスト、バスソルトを作る。また、ハーブウォーターやみつろうキャンドル作りなど多彩なワークショップも開催し、人々の日々の暮らしの中にさまざまな形で植物の恵みを届けている。そんな蛯江にとってのオーガニックとは、身の周りのあらゆるものと調和しながら、自然の恵みの中で感謝して生きること。オーガニックという言葉にこだわり過ぎず、いろんな考えや生き方を受け入れ、自分自身も周りの人々も大切にしながら健やかにその日を暮らす。そんな蛯江のこれまでをたどり、これからを見つめる。

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世代を越えて自ずと受け継がれてきた手しごと。
暮らしにまつわる心地よさを追求した学生時代を経て、農と出会う。

「おやつはいつも母が手づくりしたものを食べさせてくれ、洋服も母が縫ってくれたものを着ていました」。蛯江のこども時代は、母親のあたたかい手しごとに囲まれていた。母方の祖母もまた、手づくりのスペシャリスト。戦中で砂糖が手に入らないときはスイカを煮詰めて砂糖に代わるシロップを作っていたという。母から子へ、ぬくもりと共に手しごとの習慣は自然と受け継がれ、蛯江もまた、自分の手で暮らしにまつわるものを作り出す楽しさに魅せられた。高校を卒業して関東の短大で服飾デザインを学びながら、衣食住に関わる心地よさを形にする術を追い求めた。蛯江は幼い頃から身体が弱く、アレルギーのような症状に苦しむこともよくあった。「今でいう化学物質過敏症のような感じで、鼻がグズついたり、肌が荒れたり、体調が良くなかったり。原因も様々で、ハッキリわからない場合もあって、生きにくいなぁと感じていました」。短大を出て、実家のある愛知県春日井市に戻るも一時的に体調を崩してしまう。療養を兼ねて叔母のいる成田に滞在していたとき、近くの有機農家で稲刈り体験があると聞き、思いきって参加してみることに。それが、蛯江にとって運命の出会いとなった。

これまでにない喜びを感じた稲刈り体験。
農の道を歩んで改めて好きになれたふるさと。

「初めての経験でしたが、不思議なことに周りの方よりすごくよくできてしまって。目の前にある景色はとにかく全てが美しくて、うれしくて、自分自身も自然と元気になっていく感じがしました」。これまでにない感覚と体験に強く導かれ、また有機農家を営む夫婦の人柄にも魅せられて、蛯江は自らもそこで田畑を世話して暮らしたいと思い滞在。数ヶ月を過ごし、両親にも農の道で生きていきたいと決意を伝えた。しかし、自然を相手にする仕事はその豊かさだけでなく、厳しさも多い。もともと身体が弱かった蛯江を心配した両親は、実家に戻ってやってみたらどうかと提案。彼女もそれを受け入れ、春日井に戻り畑を始めることに。「身体が弱かった幼い頃を過ごしたこともあり、あまり良い記憶がなかったのですが、畑を始めたら、自分の育ったこの地が大好きになって。やっと自分が根付いた感覚がありました」。蛯江は自分で野菜やハーブなどを育て、採れたものを使って作った菜食を出し、陶器、ガラス、編み物など自分の作ったものたちを展示販売もする週末カフェ“nap cafe”をオープン。ずっと好きだった手しごとも生かしながら、愉しい日々を過ごした。

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新たな経験を重ね、犬山農芸へ。
自然や人から学ぶ多様性、心地よい調和のためのやわらかな自分。

オープンから3年、店舗の大家さんの都合でカフェを閉めることになり、蛯江は生地デザインの仕事やこどもと関わる造形教室のアシスタント、アロマとハーブを扱う企業に勤めるなど、関心を持った場所へ飛び込み、さまざまな経験を重ねた。そして、以前からつながりのあった佐藤練が立ち上げた犬山農芸へたどり着く。「自然の中で、さまざまな暮らしの知恵を見つけながら、それを次の世代を生きるこどもたちにも伝えることができたら」。有機農法など実践的なことを学び、修了後に犬山の地でハーブや野草、野菜や果樹などを育てる月光草園を始めた。犬山農芸や月光草園を通して里山の自然や植物たちと向き合い、さまざまな人とも出会いながら、紡いでいく日々の暮らし。「植物のすごいパワーを感じたり、思いもよらない考え方に触れたり。そんなふうに、自分は小さな存在なんだって思い知らされるのは、実は結構うれしかったりします」。変化や違いを穏やかに受け入れるやわらかな蛯江の心。それは彼女自身と彼女の周りの人たち、そして豊かな自然とを、心地よい調和へと導いていく。

「大切に育てられたものって、食べてみたらわかります。そのものの味がして、本当に美味しいから。だから、オーガニックという言葉にとらわれずに、自然の本来の姿やその良さが伝わればいいなと思います」。蛯江が月光草園で育てる植物たちも、彼女自身もまた同じ。経験を重ねるほどに、一見バラバラに見える個々の体験が一つに結びついていく。彼女の心も身体もより柔軟に、丈夫になり、自分の身を案じてくれる家族との関係もますます心地よいものになったという。「今後は保育施設などで、こどもたちに自然や植物の魅力を伝えていきたいと思っています。こどもたちの心の中に小さな種をまいて、いつかそれが彼らの人生をより豊かなものにしてくれたらいいなって。自然や植物にはそんなパワーがありますから」。蛯江自身もまた、自らの暮らしを経て得たさまざまな学びを、次の世代へとしなやかに紡いでいこうとしている。

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